分散環境での認証・認可を鍛え上げる:アーキテクチャパターンとセキュリティ設計
はじめに:分散システムにおける認証・認可の課題
モノリシックなアプリケーション開発においては、ユーザー認証や権限管理は比較的シンプルな仕組みで実現できることがほとんどです。HTTPセッションやサーバーサイドでの状態管理により、ユーザーの認証状態を保持し、同じアプリケーション内部でリソースへのアクセス権限を検証することが一般的でした。
しかし、システムがマイクロサービス化され、あるいは複数の独立したサービスが協調して動作する分散システムへと進化すると、認証と認可の設計は一気に複雑化します。ユーザーからの単一のリクエストが複数のサービスをまたいで処理されるようになり、それぞれのサービスは個別に認証・認可の判断を下す必要があります。これは、単に「ログインしているか」だけでなく、「どのサービスが」「どの権限で」「どのリソースに」アクセスできるのか、といった問いに分散環境で効率的かつ安全に答えることを要求します。
本稿では、大規模な分散システムにおいて認証・認可の仕組みをいかに設計し、「鍛え上げて」いくかについて、アーキテクチャパターンや実装上の考慮点を深く掘り下げて考察します。
モノリシックから分散への変遷がもたらす複雑性
モノリシックなシステムでは、セキュリティコンテキスト(認証情報、権限など)は通常、ユーザーセッションに紐づけられ、単一のプロセス内で管理されます。リソースへのアクセス要求があると、アプリケーションコード内でセッションからユーザー情報を取得し、そのユーザーが持つ権限に基づいてアクセス可否を判断します。
一方、分散システムでは、リクエストは複数のサービスを連携して流れます。
- 初回認証: ユーザーはまず、システムのエントリポイント(API Gatewayや認証サービスなど)で認証を行います。
- 認証状態の伝播: 認証が成功した後、どのようにしてその認証状態(誰が認証されたか、誰として後続のサービスにアクセスするか)を後続のサービスに伝えるか?
- サービス間の認可: サービスAがサービスBを呼び出す場合、サービスBはサービスAからの呼び出しを信頼できるか?サービスAはサービスBの特定のリソースにアクセスする権限を持つか?これはユーザーの権限とは異なる、サービス間の認証・認可です。
- リソースごとの認可: 各サービスは、受け取ったリクエストが、認証されたユーザーまたはサービスによって、要求されたリソースに対して許可されている操作かを確認する必要があります。
これらの課題に対処するためには、分散環境に適した新しいアプローチが必要です。
主要なアーキテクチャパターンと技術
分散システムにおける認証・認可を実現するための主要なアーキテクチャパターンや技術を見ていきましょう。
1. API Gatewayでの認証終端
最も一般的なパターンの1つは、API Gatewayでユーザー認証を終端させる方法です。
- 仕組み: クライアント(Webブラウザやモバイルアプリ)は、まずAPI Gatewayに対して認証情報(例: ユーザー名とパスワード)を送信します。API Gatewayは認証サービスと連携してユーザーを認証し、成功すればセッショントークンやJWT(JSON Web Token)などのアクセストークンをクライアントに返します。
- 後続処理: クライアントは以降のリクエストにそのアクセストークンを含めます。API Gatewayはリクエストを受け取るたびに、トークンを検証し、ユーザーの識別情報を取得します。その後、その識別情報をヘッダなどに付加して後続のサービスにリクエストを転送します。
- メリット:
- 各サービスは認証処理自体を持つ必要がなくなり、シンプルになります。
- 認証ロジックの変更がAPI Gatewayに集約されます。
- デメリット:
- API Gatewayが単一障害点(SPOF)になる可能性があります(高可用性設計が必須)。
- 内部サービス間の直接的な呼び出し(サービスメッシュなどを使用しない場合)にはこのパターンは適用できません。また、API Gateway以降のサービスでの認可は別途考慮が必要です。
2. トークンベース認証と伝播 (Token-Based Authentication and Propagation)
ステートレスな認証状態の伝播にトークンが広く利用されます。特にJWTは、その署名検証による改ざん検知と、ペイロードにユーザー情報や権限情報を埋め込める特性からよく使われます。
- 仕組み: ユーザー認証後、認証サーバーはユーザー情報や権限スコープをクレームとして埋め込んだJWTを発行します。クライアントはこれを受け取り、以降のリクエストの
Authorization
ヘッダ(例:Bearer <JWT>
)に含めて送信します。 - サービスでの検証: リクエストを受け取ったサービスは、JWTの署名を検証し、必要に応じて認証サーバーや公開鍵基盤と連携してトークンの正当性を確認します。検証が通れば、トークン内のクレームからユーザー識別情報や権限情報を取得し、認可判断に利用します。
- サービス間の伝播: API Gatewayや呼び出し元サービスは、受け取ったユーザーのJWTをそのまま、あるいはサービス間呼び出し用の別のトークン(ユーザー情報の一部やスコープを埋め込んだもの)に変換して、後続サービスに渡すことができます。
- メリット:
- ステートレスであり、スケーラビリティが高いです。
- 署名検証により、トークンの信頼性を担保できます。
- デメリット:
- トークンの失効管理が課題となります(特にJWTは有効期限まで基本的に有効とみなされるため)。即時失効が必要な場合は、別途失効リストの確認などの仕組みが必要です。
- ペイロードに含める情報量に注意が必要です。機密情報を含めるべきではありませんし、大きすぎるとネットワーク負荷が増加します。
- 鍵管理が重要になります。
3. サービス間認証 (Service-to-Service Authentication)
ユーザーからのリクエストとは直接関係なく、サービスAがバックグラウンドでサービスBを呼び出す場合など、サービス自体のIDに基づいた認証が必要です。
- 方式:
- APIキー: シンプルですが、漏洩リスクや管理の煩雑さがあります。
- 共有シークレット: サービス間で共有鍵を持ち、リクエスト署名などに利用します。鍵管理が課題です。
- OAuth2 Client Credentials Grant: サービス自身がクライアントとして認証サーバーからアクセストークンを取得し、それを利用して他のサービスを呼び出します。標準的で管理しやすい方法です。
- Mutual TLS (mTLS): TLS通信時にクライアント(呼び出し元サービス)もサーバー(呼び出し先サービス)に対して証明書を提示し、相互に認証を行う方式です。認証局による証明書発行・管理が必要ですが、強力な認証手段となります。サービスメッシュ(Istio, Linkerdなど)はこのmTLSを容易に実現する機能を提供します。
mTLSは、特にマイクロサービス間の通信において、ネットワークレベルでの強力な認証基盤を提供するため、ゼロトラストアーキテクチャを実現する上で重要な要素となります。
4. 認可パターンの設計 (Authorization Patterns)
認証(Who is this?)の次に、認可(What can this person/service do?)の設計が必要です。分散システムでは、どこで、どのように認可判断を行うかが重要です。
- Centralized Authorization Service (CAS):
- 仕組み: 認可ポリシーを一元管理し、認可判断を専門に行うサービスを設けます。各サービスは、リクエストに含まれるユーザー/サービスID、リソース情報、実行しようとしている操作などをCASに問い合わせ、許可/拒否の判断を受け取ります。これはPolicy Decision Point (PDP)とPolicy Enforcement Point (PEP)の考え方に近いです。PEPは各サービスまたはAPI Gatewayに組み込まれ、PDPであるCASに問い合わせを行います。
- メリット: ポリシー管理の一元化、整合性の維持、ポリシー変更の容易さ。
- デメリット: CASへの依存性(SPOFリスク、レイテンシ増加)、大量の問い合わせによる負荷。
- Decentralized Authorization (Claim-based):
- 仕組み: 認証時に発行されるトークン(JWTなど)に、ユーザーの権限や属性(クレーム)を埋め込みます。各サービスは、受け取ったトークンを検証し、トークン内のクレームに基づいてローカルで認可判断を行います。
- メリット: CASへのオンライン依存性がなく、パフォーマンスが高い。
- デメリット: ポリシーがトークン発行元(認証サービスなど)に分散するため、ポリシー変更時の伝播や整合性維持が課題。きめ細かい認可(リソースインスタンスレベルなど)には不向きな場合があります。
- Combined Approach:
- 多くのシステムでは、これらのアプローチを組み合わせます。例えば、API Gatewayで大まかな認可(例: 有効なトークンを持っているか、必要なスコープがあるか)を行い、各サービスでより詳細な認可(例: 特定のユーザーがこの注文データにアクセスできるか)をCASに問い合わせる、といった形です。
認可ポリシーの表現方法としては、RBAC (Role-Based Access Control) や ABAC (Attribute-Based Access Control) があります。ABACはより柔軟で、ユーザー属性、リソース属性、環境属性などを組み合わせて詳細なルールを記述できますが、ポリシー管理が複雑になります。Open Policy Agent (OPA)のような汎用的なポリシーエンジンを利用するアプローチも注目されています。
実装上の考慮点とトレードオフ
- パフォーマンスと可用性: 認証・認可はリクエストパス上のクリティカルな部分です。認証認可サービスの応答遅延や障害はシステム全体のパフォーマンス低下や停止に直結します。認証結果やポリシーのキャッシングは有効ですが、データの鮮度や整合性とのトレードオフになります。非同期処理における認証認可フローも考慮が必要です。
- セキュリティ vs 利便性: 認証の頻度、トークンの有効期限、多要素認証の適用範囲など、セキュリティレベルを上げるとユーザーや開発者の利便性が損なわれる場合があります。ビジネス要求とセキュリティ要件のバランスを取る設計が求められます。
- 監査とトレーサビリティ: 誰が、いつ、どのリソースに、どんな操作を試みたか、そしてその結果(許可/拒否)はどうだったかを記録し、追跡できるようにすることは、セキュリティインシデント発生時の原因究明やコンプライアンス遵守のために不可欠です。分散システムでは、リクエストの最初から最後までを横断的に追跡できる仕組み(分散トレーシングなど)と連携させる必要があります。
- 技術スタックの選択: IDプロバイダ、認証サーバー、API Gateway、サービスメッシュなど、様々な技術要素が関連します。これらの選定にあたっては、既存の技術スタック、運用スキル、スケーラビリティ要件、コストなどを総合的に考慮する必要があります。自社開発するか、OSSを利用するか、商用製品/クラウドサービスを利用するかも大きな判断ポイントです。
- 進化する要件への対応: セキュリティ要件やビジネスルールは時間とともに変化します。認証方式の追加、新しいリソースタイプ、よりきめ細かい権限設定などに対応できる柔軟な設計が重要です。ポリシー管理の仕組みは、変更の容易さと検証のしやすさを両立できるべきです。
コード例 (概念説明)
ここでは、API GatewayでJWTを検証し、ユーザーIDをヘッダに付加して後続サービスに転送する際の、後続サービス側での認可判断の概念的なコード例を示します。(簡略化のため、エラー処理などは省略しています。)
// Spring Bootのコントローラーの例
@RestController
@RequestMapping("/api/orders")
public class OrderController {
@Autowired
private AuthorizationService authService; // Centralized Authorization Serviceとの連携を想定
@GetMapping("/{orderId}")
public ResponseEntity<Order> getOrder(
@PathVariable Long orderId,
@RequestHeader("X-Authenticated-User-Id") String authenticatedUserId) { // API Gatewayが付加したユーザーID
// 1. 認可判断に必要な情報を収集
String requiredPermission = "read:order";
String resourceType = "order";
String resourceId = String.valueOf(orderId); // リソースインスタンスID
// 2. 認可サービスに判断を依頼(PDPへの問い合わせ)
boolean isAuthorized = authService.checkPermission(
authenticatedUserId,
requiredPermission,
resourceType,
resourceId);
// 3. 結果に基づいてアクセス制御(PEPの実装)
if (isAuthorized) {
// 認可された場合、ビジネスロジックを実行
Order order = orderService.getOrderById(orderId); // 仮のビジネスロジック
return ResponseEntity.ok(order);
} else {
// 認可されない場合、Forbiddenを返す
return ResponseEntity.status(HttpStatus.FORBIDDEN).build();
}
}
}
// AuthorizationService インターフェース(概念)
public interface AuthorizationService {
boolean checkPermission(String userId, String permission, String resourceType, String resourceId);
}
// 認証されたユーザーIDや、トークンから取得したロール/スコープ情報などを元に
// ポリシーに基づいて認可判断を行うロジックは、AuthorizationServiceの内部に実装されます。
// ここで、例えば外部のOPAサービスに問い合わせを行う、ポリシーデータベースを検索する、
// あるいはシンプルなロールチェックを行うなどが考えられます。
この例では、API Gatewayが認証済みのユーザーIDをヘッダに付加するという前提で、各サービスはそのヘッダからユーザーIDを取得し、独自の認可ロジック(ここでは外部サービスへの問い合わせ)を実行しています。これはPDP/PEPパターンの単純化された形態です。認可ロジックがサービス内に分散している場合、ポリシーの更新や整合性維持が課題になる可能性があります。
まとめ:継続的な鍛錬としての認証・認可設計
分散システムにおける認証・認可は、単なるセキュリティ機能の実装に留まらず、システム全体のアーキテクチャ、運用、パフォーマンス、そして開発プロセスに深く関わる横断的な課題です。適切なパターンを選択し、技術要素を組み合わせ、継続的に変化する脅威や要件に対応していく必要があります。
- 設計の初期段階からの組み込み: 認証・認可はシステムの根幹に関わるため、後付けではなく、設計の初期段階からアーキテクチャの一部として考慮することが不可欠です。
- トレードオフの理解と選択: パフォーマンス、スケーラビリティ、セキュリティレベル、運用コストなど、様々な要因の間にはトレードオフが存在します。自社の状況に最適なバランス点を見つけることが重要です。
- ツールと自動化の活用: IDプロバイダ、API Gateway、サービスメッシュ、ポリシーエンジンなどのツールを活用することで、実装や運用の複雑性を軽減できます。ポリシーの管理やテストの自動化も重要です。
- 継続的な改善: セキュリティは一度構築すれば終わりではありません。新しい攻撃手法への対応、脆弱性の発見、ビジネス要件の変化に応じて、認証・認可の仕組みも継続的に見直し、改善していく必要があります。これはまさに、コードとシステムを「鍛錬」し続けるプロセスそのものです。
リードエンジニアやテックリードとして、分散システムを設計・運用する際には、認証・認可がもたらすこれらの課題を深く理解し、多角的な視点から解決策を検討していくことが求められます。本稿が、皆様のシステムにおける認証・認可の設計と鍛錬の一助となれば幸いです。